2021
05.10

「私、再建できました」(後藤秀彰)【2/7】

分かち合い

「私、再建できました」シリーズ2

福永正三先生との出会い

 2013(平成25)年に、当時、杉並教会の國富敬二教会長さんから福永正三先生を講師とする経営勉強会のご相談をいただきました。明るい社会づくり運動(明社)の副理事長と教団の評議員をお務めになられ、京セラの稲盛和夫先生が塾長である盛和塾の講師もされている福永先生が明社のお役が任期満了となるので、「壮年部の経営者を集めた勉強会をやろうと思う。後藤君、一緒に勉強しようよ」というものでした。
 このころ、國富教会長さんは新しい佼成病院の担当もされていました。教会長をしながら病院の経営も見ていたわけです。「経営は全然わからないので、私も勉強したい」という國富教会長さんのご発案で経営者セミナー『福盛塾』が始まったのです。初回は2013年10月でした。
 私も経営者の端くれですから、様々な経営セミナーに参加していました。ですから、巷のセミナーと同じなのだろうなと思っていました。福永先生の第一声は「あなたたちは、経営をど真剣にやっているのか」でした。「えっ?ど真剣って何だろう。真剣の上に『ど』がついて、そんな言葉があるのだろうか」と、いきなり頭をハンマーで殴られたような感覚でした。
 それまで私が参加した経営セミナーは、決算書に始まり、理論や理屈が先行するものでした。しかし、福永先生がおっしゃるのはマインドの部分です。「経営は一言でいえば、経営者の思いなのだ。経営者の考え方で、すべてが変わるのだ」ということをおっしゃいました。そのときの私は、福永先生がおっしゃることの意味がわかりませんでした。
 すでに起業していましたから、経営哲学や企業理念が大事であることはわかっていました。しかし、毎日、馬車馬のように一生懸命に経営し、うまく回っているわけですから、何も見ないわけです。ですから、経営哲学がどうして大事なのかは、わかっていなかったのです。

福永先生の個別指導-感性の悩みはするな

 『福盛塾』から会社に戻り、帳簿を見直してみると、驚きました。薄々、おかしいなと感じてはいたのですが、売り上げが伸びていなかったのです。何が起こっていたのかというと内紛でした。代理店さんが結託して、別会社を作り、当社の商材を全部持ち運び、そこに行こうと画策していたのです。代理店さんだけではなく、従業員も絡んでやっていました。代理店さんが徐々に脱退していき、おかしいなと思っている間に、売り上げが下がっていったのです。
 そして、2014年に一番の代理店さんが体調不良を理由に脱退され、その方についていく形で7割の代理店さんが脱退していかれました。すべて根回しされていたのです。気がついたときには、売り上げは5分の1になっていました。
 國富教会長さんに相談したところ、福永先生の個別指導を受けることをお勧めいただきました。そして、福永先生に会社に来ていただき、ご指導をいただきました。福永先生からは三つのことを教えていただきました。
 第一は「感性の悩みはするな」です。代理店さんが結託して脱退していき、私の心は恨みや怒りでいっぱいでした。営業のノウハウをひとつひとつ教え、育ててやったという自負もありましたし、商材も全部持っていかれ、夜になると、「どうして、こんな目に会わなくてはいけないのだ」と、恨みや憎しみが出てきて、毎晩、コップ酒になっていたのです。
 福永先生は「その恨みや怒り、憎しみといった感性の悩みを、まず、やめなさい。起きた事実をありのままに見なさい。全部、心の眼で見て、相手のことを忘れなさい」とおっしゃいました。そして、「結託した代理店については、いますぐ弁護士に相談し、裁判を起こしなさい」と、ご指導をくださいました。
 すぐに裁判にかけると、結託した代理店さんの動きはぴたっと止まりました。裁判が始まると、2年から3年はかかりますから、向こうも動きが取れなくなってしまったのです。動きが止まると、固定客の取り合いができるようになります。最終的には最高の売上額の10分の1まで落ち込みましたが、感性的な悩みをやめることによって、状況はがらりと変わりました。

 続く